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オナラをするおばあさんの話

オナラをするおばあさんの話


 
 
 
 
 
おばあさんは旅に出ました。故郷へ帰るためです。背負ったリュックにはゴボウとさつまいもとニンジンが入っています。どれもおばあさんが小さな家庭菜園で一生懸命に育ててきた野菜たち。お腹が空いたら歩きながら食べようと思っています。
 
 
 
あたたかい春の陽ざしを受けて気持ちよく歩き始めたおばあさんですが、黒いアスファルトの道は固くてすぐに疲れてしまいました。お腹が空いてさっそくゴボウを取り出したおばあさん。それをかじりながら歩きます。
 
おばあさんのお尻からは、ぷっぷっぷっと、まるで車の排気ガスのようにオナラが出ました。
 
 
 
すると何ということでしょう
 
 
 
おばあさんの歩いたアスファルトの道が、茶色いほんわかした土に変わっていくではありませんか。
 
面白がって子供たちが集まってきました。大喜びでほんわかした土の上を駆け回り、穴を掘ったり、這い出してくる虫や芽生え始めた植物を観察したりして遊んでいます。
 
 
 
 
 
 
 
おばあさんはそんな子供たちにゴボウを一本ずつあげて、また歩き出しました。だんだんとお日様の力が強くなり、汗が滲んできます。今度は甘いものを食べたくなったおばあさん。サツマイモを頬張り始めました。するとまた、ぷっぷっぷっと、オナラが出ました。
 
 
 
何ということでしょう!
 
 






おばあさんの歩いた跡のほんわかした土は黄金に輝くヒマワリ畑になっています。
 
あっという間に、たくさんの虫や鳥たちが寄ってきました。種をついばんでいます。子供たちは大喜びで、ヒマワリ畑の中でかくれんぼをして遊びました。
 
 
 
おばあさんは子供たちにサツマイモをひとつずつあげると、休まずに歩き出しました。でも道はここまで。ここから先は森です。しかも、ほとんどの木が立ち枯れています。
 
 
 
森の入り口には「この先棲むべからず」と書かれた看板が立っています。
 
おばあさんは構わずに進みました。この森を抜けないと故郷には帰れないからです。森を抜けたほんの先に、おばあさんの牧場があります。残された牛たちはどうしていることでしょう。草が無くなるまでには帰れるからと言われたのに、どれだけの時間が流れたことでしょう。おばあさんは一日だって牛たちのことを、自分の牧場、生まれ育った故郷のことを忘れずに過ごしてきました。でもまだ帰っちゃいけないと言われて、いつも見張られていたのです。今日は見張りの人に、子供たちと遊ぶと言ってきました。嘘をついたわけではないし、気が済んだら引き返すつもりです。
 
 
 
 
 
おばあさんは立ち枯れた森の中を歩きます。人参を食べながら力強く。
 
するとぷっぷっぷっとオナラが出ました。
 
 
 
何ということでしょう!
 
 
 
おばあさんの歩いた後の立ち枯れた森が見る見る枝葉を広げ、緑から黄色へ、そして紅く染まっていくではありませんか。おばあさんの足取りに合わせるように紅葉がはらはらと舞い散ります。
 










子供たちは大喜びで紅葉狩りを始めました。
 
 
 
森を抜けると牧場です。
 
草はすっかり無くなっていました。やせ細った牛たちが数頭、おばあさんを見つけて擦り寄ってきます。パンパンに張ったオッパイを見せびらかして、早くミルクを絞ってくれと言っているかのよう。
 
おばあさんは牛のお乳を搾りました。あたたかく真っ白いミルクが溢れ出てきます。おばあさんはそれを手にすくって飲みました。オナラは出ません。子供たちが近寄ろうとしたところへ、おじさんがやって来ました。あの時、おばあさんや子供たちを無理やり車で連れ去ったおじさんです。工場が爆発して危ないから逃げろと言ったおじさんです。おばあさんが牛はどうするのかと聞いたら、大丈夫だ、草が無くなる前に帰ってこれるから、と強引に連れ去ったのでした。
 
 
 
 
 
あれから何年過ぎたかもうわからなくなってしまいました。何度も何度も土がほぐれて草木が芽生え、向日葵が咲き誇って、紅葉を透かした木漏れ日を浴びてきたような気がします。おばあさんの牛たちは、すっかりやせ細ってしまったけれどちゃんと生きて待っていました。
 
でも、おじさんもあの時と同じです。おばあさんに詰め寄って言います。
 
 
 
「ここは危ないから出なさい」
 
「どうして出なければ行けないのか、草が無くなるまでには帰ってこれると言っていたのに、もうとっくの昔に無くなっているじゃないか」
 
 おばあさんはずっと我慢して生きてきて、一生懸命歩いて帰ってきたのです。簡単に引き下がるわけにはいきません。
 
 
 
でも、
 
「事情が変わったんだ」と、おじさんは取り合ってくれません。
 
「ここは駄目だ、汚染されて人は棲めない」おじさんが言います。
 
「ここは私の土地だ」おばあさんは怯みません。
 
「仕方ないんだ」
 
「仕方ないって何だ。私は牛飼いだ。牛を育ててミルクを絞らないと生きていけない」
 
「この牛は駄目だ、汚染されているから」
 
「じゃあどうすればいいんだ?」
 
「言うとおりにして遠くでおとなしく暮らせばいいだろう」
 
「誰も知らないところで、言われるままにただおとなしくすることを生きるっていうのか? 
 
私はこの土地で生まれて牛たちと一緒に生きてきたんだ。他に生きる方法を知らない!」
 
 おばあさんが大声でわめきます。その声は、遠巻きにながめる子供たちの耳にしっかりと届きました。
 
「じゃあ勝手にしろ」
 
おじさんは、おばあさんを説得することを諦めて、子供たちだけを連れ去りました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ミルクをたくさん飲んだおばあさんはぐっすり眠りました。
 
その夜は一度だっておならは出ません。
 
やせ細った牛たちもおばあさんに寄り添って眠ります。
 
 
いつの間に降り始めたのでしょう。
 
白い雪がみるみる積もり、眠っているおばあさんと牛たちを優しく包み込んでいきました。
 
 

 
 
 
 
翌朝のテレビニュースは、少し早い初雪と、老婆の無謀な死をいちばんに報じています。警備の人はおばあさんの侵入に気付かなかったと言ったそうです。工場のことも汚染された牛のミルクを飲んだことにも触れません。
 
ふんぞり返ったおじさんが、老婆は認知症ではなかったのか、何かに吸い寄せられるように立ち入り禁止区域内へ入ってしまったのではないか、いずれにしても胸の痛む事件です、とひとり言のように言っています。
 
 
 
子供たちはテレビを消しました。
 

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